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「幸福について」を読んで

AIから、概念だとか感情だとか色々考えて行ったら、

哲学に辿りついてしまいました。


沢山の人がこの本を読んで、何を理解してどう思ったか、どう言う言葉が響いたのかについて書かれていたので、私も私なり感想を書いていきます。

いつかこの本を読み返した時の自分の為に。

前回、

www.saikidou-restart.com

の本の中で引用が多かった、

アルトゥール・ショーペンハウアーの幸福について (光文社古典新訳文庫)

(前回紹介した「孤独と人生」とは訳者が違うだけで内容は同じ)

 

「幸福の根本規定」について、目次で大きく3つの項目に分けてある。

1.その人は何者であるか

…その人は自体の性格など不変のもの

2.その人は何を持っているのか

…財産、所有物

3.その人はいかなるイメージ、表象・印象を与えるか

…名声、名誉、人からどう見られているか

 

3つに分かれているが、1を知ることが一番大事だということ。

いくら、2の大金が舞い込んで来ても、1の自分の本質的な部分が大金に見合わなければ散財するだろうし、一時的に高揚感しか得られない。

3の人からどう見られているかとことよりも、自分の中にある感覚を大事にしなさい、ということ。

人からの評価で自分の幸不幸を測ることなんてできない。

 

1が一番大事だとは言っているけれど、3の項目が一番難しく、卑屈的に書かれていて、普段使わないような難しい漢字が沢山出てきていてた。それも何回も出てくる。

調べながら読み進めなければならなくて、読み進めるのが難しかった。(でも漢字の勉強にはなった)

きっと、著者自身が実は本当に悩みに悩んだ項目が3だったのではないか。

相当辛かったんじゃないか。

悩みに悩んで3を求めた結果、1が大事だったんだ、って気付いたように読み取れた。

 

人生の中で、

活発に過ごす時期は、自分の内側より外側の刺激を求めて、幸せを求めて行ったりする。

一人でいることが嫌で、誰かと群れていないと、誰かと同じことに共感していないと不安に思ったりする。

退屈が苦痛になる。

 

老年期になると、活発ではなくなり、自分とのお付き合いの時間が増える。

若い時に、自分とのお付き合いの方法を知っていないと、この時期辛くなる。

そして、老年期こそ自分で努力して知った「自分が何者であるか」が役にたつ。

穏やかな老年期を過ごせるようになる。

 

幸福は今より良くすることを求めるよりも、苦痛が少ない方を求めることの方が良いということ。

あらゆる災難は自分の外側にあるものばかりだから、外側に幸福を求めようとすると災難が降り掛かる確率も高くなる。

だから、自分の内側にある「自分が何者であるか」を知ることが重要。

他者の中の自分でなく、自分自身の中で「何が苦痛なのか」を知り、

なるべくその苦痛に遭遇しないようにすること

もし、苦痛が降り掛かるようなことがあったとしても、

予め対処法を知っていれば対処できる。

幸福とは、苦痛がないこと。

 

沢山書かれていた中で、私が自分なりに理解できた事はこういう事だった。

他にも色んな事が書かれている中で、

孤独に対する苦痛についてピックアップしたのは、私自身が自分の中にある孤独との向き合い方を習得できていないからだと思う。

自分の外側の誰かから安らぎや愛を求めているようじゃ、誰かを愛す事なんてできないこと分かっているのに。

 

以下、特に印象に残った言葉たち。

高齢になると、人生の苦労を乗り越えてきたことがひとつの慰めになる。

したがって、もっとも幸せな運命とは、最大級の喜びや精神的にも肉体的にも過大な苦痛なき人生を送る事であり、最高に活気ある喜びや最大級の享楽を授かることではない。

 

人間が社交的になるのは、孤独に耐えられないからであり、孤独のなかの自分自身に耐えられないからだ。

 

ラ・ロシュフーコーは、ある人をたいそう尊敬すると同時に激しく恋するのは難しいと述べているが、その通りである。

 

相手が今は誠心誠意、それとは反対の事を誓っていても、いざとなれば、全く同じことや実によく似たことを、またやるに決まっているからである。  

 

だまし取られたお金ほど、有益に使ったお金は無い。それと引き換えに、とりもなおさず知恵を手に入れたことになるからである。 

 

自分を知る事が、自分の幸せな人生に繋がる。

難しく書かれていたけど、答えはシンプルだった。