IT×LIFE

web系お勉強ノート+映画読書記録+お勉強記録(放送大学)

【約4年前を振り返る】エンジニアになり始めの頃の話

ブログを始めたので、せっかくなので振り返る事にしました。

もう何も言い訳しないで行こうと決めたので。

 

注意*長いので、お時間があって興味のある方のみ見てください。

 

この職種に就いたのが3年半前。

やっと、過去の事について穏やかに向き合えるようになりました。

これから、未経験からIT業界を目指す方に希望を与える内容を書けたらいいな。

あと、未経験からエンジニアを採用して育てる人にもこんな一例もあるので読んで欲しいです。

エンジニアになる前

文系の高校を卒業して色んな仕事をしました。

英語が一番好きで、化学方程式を解くのが好き、数学の証明問題を解くのが好きでした。

・電気機器の設計、管理、予算管理:9年くらい。この会社で初めて「SE」という部署の存在に気づくが、人事は簡単に変えられなかったため憧れだけ抱く。

電気制御展開図、論理回路図を読める(完全じゃないけど)。

当時は本当に分からなくて、辛かった。

でも今思えば、この時の知識が若干今役に立っています。どっちかというと電気制御展開図関連はパラレルで動くものもあるので、プログラムより難しい。一歩間違うと大変なことになる。

・色んな営業:理由は割愛しますが、突然営業をしてみたいと思い始め、色んな営業か会社で営業していました。色々勉強になりましたが、高校から最初の会社までの間ユルユルと生きていたため、沢山の社会の闇を知ることになりました。

転機

営業としては最後の営業会社の社内公募で、「エンジニア」という職種に出会う。

何かITについて深く勉強していたわけではなかった(ごめんなさい)。

ただ、なんとなくかっこいい、手に職をつけられそう、世の中に残るものを作る一員になりたい、

という、フワッとした動機でした。

よく「一攫千金だ!」と意気込む方もいらっしゃると聞きますが、そのような気持ちは私にはなかったです。

純粋に、興味があっただけ。でも興味って尊いもの。

*エンジニア転職したいから、いきなりIT企業に入るというやり方もありますが、

まず自分の会社を見渡し見たら、意外と入口あったりしますよ。

エンジニアに転身

有難い事に、応募者多数の中、選んで頂けた。

当時選んだ方々には、感謝と謝罪の気持ちでいっぱいです。

フルスタックエンジニアを目指してもらいます」と宣告を受ける。

この時聞いた先輩方のフルスタック定義だと、

「サーバー、フロント、インフラの事を幅広く一定の技量と知識を持ち、

その中でも特に強みのある分野を持つ人になる事」だったと記憶している。

 

勉強し始める

エンジニアとしてスタートして、最初の1週間はお勉強期間でした。

ここで

ドットインストール - 3分動画でマスターできるプログラミング学習サービス

Progate | プログラミングの入門なら基礎から学べるProgate[プロゲート]

をしっかり目にやる。

会社で出されるお題に対しても、楽しめて解けた。

特にjQuryで動きのあるものができた時は嬉しかった覚えがあります。

また、様々なカンファレンスがあると聞き、積極的に参加しました。

登壇を聞き、「何てキラキラした世界なんだ」と興奮していました。

この時の気持ちがあるから、今もまだ希望は持ててるんだと思います。

最初の3ヶ月の課題

2週目には課題(実務的な)に入った。

ここで都度出される課題に対して、期限内に完成させる事ができれば、

何か忘れましたが良い事があると言われる。

なんとかやり切りたかったし、どんな手を使っても絶対に実装させる。

という強い気持ちでいました。

ところが、1週間目のお勉強の知識ほどしかない私にとって、DBに接続して一覧を取得するとか、そういった内部の複雑な処理に関しては理解するのが難しかった。

同じ公募で入った同期の人も苦戦はしていましたが、先起こされそうで不安だった。

そんな感じで「なんとしても」「絶対に」という日々を過ごして徹夜するような日もあり、不安で眠れない時期がありました。

そんな時弱音を吐いたら、当時の大先輩が、

「問題解決が僕らの仕事だから。そんな簡単に分かったら、僕らの立場がない。」

 と仰っており(印象に残っていたため記録していた言葉)、少し救われた。

 

結果として、私も同期も3ヶ月の間に都度期限が出された課題を全部期限内にこなす事ができなかった。

そして、燃え尽きた感じになった。

 

そして本当の実務

当たり前ですが、お仕事なので期限があります。

社内のシステムになるので、お願いされた事は実装せねばなりません。

そう、アジャイル開発です。

アジャイルソフトウェア開発 - Wikipedia


実際使う方の意見を聞いて、設計書(といっても簡単なもの)を書いて、

この機能が本当に必要なものなのかどうかプレゼンする。

そしてまず最初にテストケースを書き、最初の道筋を逸れないように実装していく。

しかし、知識が中々ついてこず、期限を遅延していく。

今にして思えば、もっと先輩に相談すべきだったし、途中であってもコードレビューしてもらうべきでした。

何でできなかったか。

 

怖かった。

「こんなこともわからないの?」と人格否定されるんじゃないかと勝手に恐れていた。

そんな筈絶対ないから、ちゃんと聞け!とあの頃の私に言ってあげたい。

 

4ヶ月目(末期)

PCがリモート接続可で持ち帰ることができた。

1日かけてできなかったことを、家でできるわけでもなく、

「進捗0」の時もありました。

この頃の記憶が本当にない。

でも徐々にではありますが、何かが微妙に分かってきた感がありました。

分かり始めてはきましが、営業の様に「どんどんコミュニケーション取っていこうぜ!」という感じでなく、ほぼチャットでの会話で静かなコミュニケーションばかりだったのが良くなかった。

もっと話せば良かった。

話せば、あの状態は確実に抜け出せたのに。

 

1年後

私のコミュニケーション不足が一番問題だったと思います。

知識がどうとかの問題じゃなかった。

残念ながら、この会社を退職しました。
当時の職場の方々には申し訳無い気持ちでいっぱいです。

でも、何がダメだったのか後になって気づけたことと、

webの世界の第一歩を頂けた事には感謝しています。

 

再度勉強の期間に入る

在職当時、何度も何度も向いてないのでは、、、と思う時があり(特に半年目)、

基礎が足りないんじゃないか?と思っていました。

(今思うと、基礎は実務で身に着けるものだと思うけど。)

そこで、2週間ほどスクールに缶詰状態で勉強を決意。

言語は何故か Rubyオブジェクト指向)。

今まで使っていたのがPHP(手続き型)だったので、これもまた馴染むのに時間がかかりましたが、朝9時くらいから夜22時まで徹底的にやり、その間休みは週一のみで頑張りました。

そこで概念が色々繋がり始めたり、

「自分が分からないのはどの部分で、どうやって質問したら、

相手にこの謎を伝える事ができるのか?」というスキルを獲る。

 

質問力。これだった。このことに気づくまでに1年かかっていたため、

とても時間がかかりました。

でも気付けたことによって、その後大きな不安にぶち当たる事は少なくなりました。

私にとっては大きな成果ですし、スクールに行ってみて良かったです。

 

その後

本来であれば、在職中に次の転職先を決めておく必要があったのですが、

その余裕さえありませんでした。

スクールに通っている間に内定を頂け、再スタートを切れました。

 

そこから、やっと道が拓けていった気がします。 

SESで、素敵な現場に出会い、コミュニケーションの大切さをより一層感じる事ができました。当時関わった全ての方に対し感謝し切れません。

特に精神的に救われました。

 

ここから2年半経った今、エンジニア歴でいうと3年半目。

まだまだ全然なのですが、ある意味伸び代あるんじゃ無いか?(笑)と前向きに捉えています。

「心身ともに健康なのが一番なので、困った時は誰かに相談しよう。

一気にやろうとしないで、問題は切り分けて考えよう。

行き詰まったらちょっと休憩して大丈夫だから、やり直そう。」

辛かった時代の私に伝えたかったこと。
この記事を読んでる人の中には、当時の私と同じように辛い感じの人もいるかと思いますが、

私も何とかなっておりますので、大丈夫なのですよ。きっと。

 

現状、すごく薄くですが、フロントもサーバーもインフラも色々手探りではありますが、やってます。

また、今回自社内のエンジニアになる事も決まっているので、今まで以上にコミュニケーションを取りつつ業務を進めて行きたいと思います。

 

以上になります。長文を読んでくださりありがとうございます。